はじめに
従来、数ある病気の中ではとかく軽く見られがちだったアトピー性皮膚炎は、ここ十数年数年前から次第にその症状が変化し、患者数の激増、年齢の高齢化をはじめ、学業、勤務への障害など重大な社会問題を投げかけています。
大学病院でステロイド外用を行ったが効果のない全身型アトピー性皮膚炎や、ステロイド外用を嫌い自然回帰に走ったがためかえって症状が悪化するなど、重症の症状を持った状態で私の治療を求めて全国各地から土佐清水病院を訪れる患者さんは、年々増加の一途をたどっています。
あらゆる治療が行われたが、効果がなく非常に重症なために当病院に入院加療した患者さんだけでも、昨年1年間で1000人を超えているのが実情です。
つい数年前までは、このような重症患者さんは、例えば高校生や大学生では激しいかゆみのため極度の不眠で学校を休みがちになり、休学、あるいは退学してしまったとか、サラリーマンではその症状を同僚に見られるのが厭で会社をやめてしまったとか、また年頃の娘さんの場合は汚くなった容姿や皮膚のために、恋愛・結婚を諦め、家に閉じこもってたままになってしまったというケースがよく見受けられました。
平成3、4年度になってからは、さらに事態が進み、具体例を挙げますと、例えば、会社の上司から「会社の勤務(ステンドグラス工房の勤務)が、あなたのアトピー性皮膚炎に悪いのではないか。辞めた方が身のためだよ」と言われ、「考えておきます」と答えると、月末の27日であったにもかかわらず、「今月中に返事を出せ、考える必要もないのではないか」と退職を迫られ退職した例や、また、百貨店の上司からダイレクトに、「醜い皮膚だからお客さんの手前、売り子として不適格である」と言われて、平成5年3月1日に退職。
本年(平成6年)1月土佐清水病院に入院した例。
あるいは、神戸の子供で、ポートアイランドの公園などで遊んでいると、同じ遊んでいる子供の親に「あなたは汚いからうちの子供と遊んでもらったら困る。あっちへ行きなさい」と追い払われたり、神戸労災病院の皮膚科に診察に行くと、同じ待合室の椅子に座っている複数の人々から、「あなたはお化けみたいで気持ち悪いから待合室に入って来るな」と言われ待合室を追い出された例など、深刻な被害・差別が頻繁に起こるようになっているのです。
アトピー性皮膚炎の重症化は、ついに、患者さん個人の悩みの領域を越えて、深刻な社会問題を引き起こすまでに至っています。
一方、この増加・重症化をたどるアトピー性皮膚炎に対する治療方法としては、西洋医学の教育を受けた一般の皮膚科医は、ほとんど例外なく、チューブに入った(チューブに入っていなくてもチューブから容器に入れ替えて)悪名高きステロイドの外用を行うことで皮膚炎を一時的に抑えること以外に対策がないのが現実です。
他方、患者さんの中には、化学薬品の副作用を嫌って自然回帰に熱中し、漢方剤に温泉療法に、あるいは何らかの科学的治療メカニズムの証明されていない、ただ単に高価なだけの健康食品の類に救いを求めて奔走される方も少なくありません。
ステロイド外用を行ったが効果がなかったほどの重症の患者さんが、このような方法で効果を期待できるはずもなく、全身悲惨この上もないような皮膚になって病院を訪れる気の毒な患者さんも非常に多いのです。
私は、過去30年間、アトピー性皮膚炎の治療に携わり、アトピー患者の病態の変化を深く観察し、何千否何万の気の毒な患者さんの治療経験を経て、幾多の試練を克服して、可能な限り副作用のない軟膏の開発に取り組み、かつ私の20年間の生化学の研究所での活性酸素や過酸化脂質“super oxide dismutase(SOD)”(後述)の研究生活を通して、この重症化したアトピー性皮膚炎の原因の究明に努めた結果、やっとここ数年その結論が得られるようになりました。
そして、その原因究明の詳細や新しい治療方針などが、平成5年日本皮膚科学会の機関誌(日皮会誌、103巻、2号、117〜126頁)に掲載された他、国際医学雑誌の中で皮膚科の臨床分野でのベストジャーナルの誉高い[Archives of Dermatologyに正式に認知され、今春(平成6年)に掲載・出版される運びとなりました。
今回皆様に送るこのアトピーの書は、机上の空論では決してありません。
先述の国際医学雑誌の審査員はアメリカで非常に有名なアトピー性皮膚炎の世界的権威の大学教授ですが、私のこの論文に対して、“very intriguing study”(たいへん示唆に富んだ研究)と賛辞を惜しまず、私に向かって次のように述べられました。
「アメリカでも欧州でもアトピー性皮膚炎の重症化が問題になっているが、貴方のように明確な生化学のデータを出した科学的根拠に基づく研究発表は世界最初で非常に貴重であり、我々の頭を悩ましているアトピー性皮膚炎に対する問題点を解決するのに重要な指針を与えてくれた」。
このようにして国際学会誌で発表されることにより、アトピー性皮膚炎についての私の新しい学説は国際的にも正式に認められたものとなったのです。
一見救う道がないかのように見られる現代の奇病=アトピー性皮膚炎に対して、私の30年以上に及ぶ臨床経験と20年間の生化学の研究の成果を踏まえた科学的根拠に基づく現状分析とその原因の解明を行い、科学的に正しい視野のもとに(偏向的な反公害運動にくみすることなく)、全国で悩まれている軽症のアトピー患者はもとより、何万何十万の不幸な重症アトピー患者の方々に、この激増・重症化していくアトピー性皮膚炎の実態を紹介し、悩める多くの患者さん達が勇気を出して根気強く病魔と闘いながら各自の社会生活を歩み、自らに与えられた使命をまっとうされるための一助に本書がならんことを祈って筆を執る次第です。
1994年 4月 丹羽靭負(耕三)
2006年09月04日 13:34